2018年4月16日

   
    ㈱童夢ホールディングス 林みのる氏より、「かなりおおげさだが」との評価のもと、「どうぞ」と掲載承認済み




く知られるように、カーボン・コンポジット製品のニーズは、当初軍用戦闘機から始まった。ただし、民間航空機への応用については、それが安全性をなにより最優先するがため、長い検証期間が必要となる。童夢・林氏のカーボン・コンポジット実験から習得、成熟と栄冠までの道のり、それはあくまでもレーシングカー・コンストラクターとしての必要から生じたものであるが、それはそのまま、カーボン・コンポジット製品が、軍用から民間航空機への採用までの長く過酷なロードマップそのものではないか、とさえ思わせる。具体的なジョブについては何も語らないからこそ、この時系列的一致は果たして内心意図されていたのではないか、少なくとも、横目で目配りはしていただろうとさえ勘ぐってしまう。



はや、ボーイング787を代表に、カーボン・コンポジット製品が近代の民間航空機に採用されている傾向の拡大は常識。それとともに、そのマニュファクチャラーや、機体がなんであるかは別としても、童夢がなんらかのカーボン製航空機部品成形、だが単なるモールディング成形ではなく、上流の開発段階から深く関与している(はず)、という”まことしやかな伝説”は、世のトレンド、童夢の歴史と実績、そのオートクレーヴ装置の容量などからも、それなりのウオッチャーならば、そこはかとなく予想し、なぜか大方それがあたりまえと感じられるようになっていく。

1991 年のルマン24時間レースで、レーシングカー・デザイナー アンドレ・デ・コルタンツ氏のデザインらしさ溢れる前衛的スタイルで颯爽と登場したレーシングカー、プジョー905。そのカーボン・モノコックが、同じくフランスの航空機メーカー、ダッソー社によって製造されていたこと…。航空機からレーシングカーへの応用。その逆も真のはず。



の一方、工業会一般の傾向では、航空機の模型や、レーシング・カーを展示会やロビーに陳列したり、会社案内に写真を掲載したり、その先端イメージを自社に重ね合わせようと、プロモーションに積極的に利用する会社はめずらしくなくなった。

ただし、そのような業界に関与している感の醸し出し、増幅や、イメージ獲得に躍起になる会社があふれる傾向のもと、童夢のように当事者が語ることすらない状況下、その「技術的可能性」と、装置のキャパシティから、”関与していないわけがない伝説”が流布することや、憶測が飛び交うことは、おそらくそれまでの工業会では経験がないことだった。繰り返すが、童夢には「セールス・マーケティング部門」は存在しない。



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年代には、年間(推定)3億円の利益を、カーボン事業単体が稼ぎ出すまでとなり、その分野は、航空機を筆頭に、産業機械、スポーツ用品。そして医療機器関連、こちらも「航空機」と並ぶ現代的ビッグワードで、金属加工が必要な一部のパーツ以外、具体的なジョブがイメージできていない業界であるが、カーボン・コンポジットはX線透過率が高く丈夫であり、医療機器関連では重要な素材となっている。

総合的な取扱品としては、100を超えるまでになり、カーボン・コンポジット製品の調査・研究から企画・計画、設計・解析、試作・改良、評価・検査、量産・品質保証までを一貫して行う、レーシングカー・コンストラクターというよりも、カーボン・コンポジット・コンストラクターとなった。



002年からは、量産市販を前提とした、イタリア・ダラーラ製レーシングカーの寡占が続く国際格式のフォーミュラ3への自社製カーボン・モノコック開発、同じく量産市販が前提の、ルマン24時間レースへ個人で参戦する顧客向けのスポーツカーS101の開発と、それまでのテーラーメイドのレーシングカーづくりから量産指向へ展開していく。加えて、ハニカム構造を用いないことで、やや重量は増すものの、安全性という大きな特徴を生かしたカーボン・モノコックUOVAを入門自動車レース向けに開発、同じくハニカムを用いないソリッドカーボン構造の国際FIA規定に準拠する入門レースカテゴリーF4車両の開発。これはカーボン・モノコック構造でありながら、アルミ・モノコック構造と同等のコストを実現している。:

FIA-F4は、日本にとって岐路だと思う。ここまで外国製のものがでてきたら、日本のコンストラクターは立ち直れない。だから私財を投じてでも阻止してやろうと思ってクルマを作ったら、トヨタ自動車が支援してくれることになった。」


さらに、一般レジャー用として、宅配を利用して配送移動ができる超小型ボートを試作するなど、低コスト実現のため、量産技術が前提となるカーボン製品を次々と展開する。

加えて、市販自動車の純正部品をカーボン製に変えることによる50Kg以上の軽量化で、省燃費に寄与するという、モーターレーシングの技術がエコ技術へ直結するという視点での用途開発にも着手する。

   
   
 
   
   




産指向、というと金属加工に慣れた思考からは、「質から量への、安易な方向への舵取りか?」とのネガティブな見方も可能だが、ことカーボン製品については、単品加工と量産加工では、製法が全く異なり、量産を可能にするには、むしろ大きなブレークスルーが必要となる。カーボン製品のコストは、成形時間に完全に比例しており、大まかにいえば成形時間を短くすること=低下コストとなるが、これには、金属切削工程のような、加工時間を短縮する同軸上の工夫の積み重ね、という水平的な思考が通用しない。それは、単位容積あたりの除去時間の短縮だが、カーボンは、成形。だが、射出成形ともちがう。プレス成形と射出成形、押出成形、いくつもの組み合わせが考えられ、まだ確立もしていない。




在、一般乗用車のボディはスチールのプレスによるものが主流。我々がよく知るところの、切削・研削による金型製作→プレス成形→溶接。大がかりな工程であり、それを刷新することは諸事情でむずかしい。だが、船舶、航空機など少量で、結果としてモデルごとに生産方式を一新できるものであれば、すでにカーボンの時代が来ている。であるならば、量産技術さえ高まれば自動車へ展開されるであろうことは、カーボンの素材特性である「安全性」を考えれば当然。カーボン製品の市場性は莫大に広がっている。だが、そこでは高品質な少量生産から、量産を視野に入れた生産技術への拡充へのステップが要求される。

例えば、1990年代に話題をさらった、カーボン・モノコック製(市販乗用車)ロードゴーイングカー、マクラーレンF1は、前述した高品質重視の「プリプレグ方式」で製造されるが、モノコックの製造時間は3000時間を要し、価格は1憶円。接着を駆使した「メルセデスベンツSLRマクラーレン」で300時間。量産効果が期待できる「RTM(レジン・トランスファー方式)方式」でのマクラーレンMP4-12Cであれば、4時間に短縮され、価格は2790万円まで下がってくる。この傾向は、他の成形法が確立することで、低価格セグメントにまで及んでくるのは難くない。



気自動車においても、最大の重量物であるバッテリーセクションをカーボン・モノコックで覆うことで、捻り・曲げ剛性を向上させつつ重量軽減を図ったメルセデスベンツ SLS AMG E-CELLなど、トップ高級セグメントから着々とカーボン・コンポジット化は進んでいる。



ラック・バッファローから20年以上。だが、世のうつろいなどどこ吹く風。カーボン・コンポジットは林氏にとって、いまだ変わることのない、「レーシングカーづくり」という、憑りつかれた情熱への、「赤と黒」の賭けでしかないのだ。


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