2019年2月19日 「デザイン=設計」は、”モノづくり”をなすたいへん重要な機能です。おっと、このフレーズ、あまりにも当たり前と、ほぼ読み飛ばしとなって、もうすでにこれを読んだことすらお忘れになったかもしれません。であるならば、そのままほっとけばいいものの、しつこくあえて申し上げたい理由は、当たり前という感覚から始まった一方で、じつは”づくり”という語感が、”加工”の巧みさを滲みだすのか醸し出すためなのか、我々の業界でいきますと「機械加工のレベル」、いかに要求の高精度を達成できるか、さらにはそれを向上させられるか・・・こそがキモ。。と、いつのまにか【加工技術>(設計=デザイン)】に気づかずに後味が代わってませんか??ということ。 「設計=デザイン」と「モノづくり」、似て異なる単語同士の組み合わせには、相性がいいとかわるいとかではない、「登ったはずが、いつの間にか降りていた階段」的な、「だまし絵」っぽいちくはぐな不思議さがあるからです。 シニアの大ベテランが、自作の聴診器を工作機械の主軸にあてて、「今日こそ機嫌がよさそうだ」などと問わず語りにつぶやきながらようやくとつとつと機械加工を開始する、その姿を、ふだん基本はやや小うるさ型のマネージメントだけれど、じつは重要な局面では顔に似合わぬ繊細さを発揮し、柱の陰から気もそぞろにずっと見守っていて「そうか・・ようやく始まったな」とこちらもひとり、問わず語りに安堵して前人未踏の宇宙開発を担うエアロスペース部品の納品成功を確信する。。。そんなイントロダクション。。政府のミッションがこのおじさん二人にかかっている・・・・ ほっこりホロリのドラマにすり寄るメディアから「モノづくり=機械をうごかす凄腕おじさん達のいい話」そんなイメージの押し付けも手伝ってか、「デザイン=設計」の”モノづくり”での重要性を聞けば「そりゃそうですよ」とうなずきつつも、いつの間にやら【加工技術>(設計=デザイン)】へと、無意識に後味が代わっていることに気づかないという、催眠なのか暗示なのか??「モノづくり」という単語はガラパゴス化したビッグ・ワードとなってしまって、ともかく、「デザイン=設計」は、”モノづくり”をなすたいへん重要な機能です。
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